FRB議長のアラン・グリーンスパンが年初のニューョーク市内での講演で、「二○一○年ごろに現在を振り返ってみると、投機的なバブルの一つだったと結論づけているかもしれない」と述べたように、確かに、この時が株バブル崩壊の始まりだった。
当時の米経済はすでに過熱状態だった。
FRBは九九年中に三度利上げ(いずれも○・二五%)した後、一○○○年に入っても、一月一日、三月一十一日と○・一五%ずつ利上げした。
株式相場を意識しながらの引き締めスタンスの継続は、その後、五月十六日に○・五%を引き上げるまで続く。
株バブルと景気バブルを両脱みしてブレーキを踏み、ソフトランディング(軟着陸)を目指すグリーンスパンにとって、海の彼方でゼロ金利解除の姿勢を次第に鮮明にする〃盟友〃Hの姿は、目障りに映ったに違良い物価下落と悪い物価下落こうした中でN銀は、国内世論対策として、二つの「N銀理論」を〃発明〃する。
デフレの評価についての「良い物価下落と悪い物価下落論」と、「ダム論」。
前者は、物価下落が続く中で、「デフレ懸念の払拭」をどう読むかを解く論理だ。
すでにみたように卸売物価には一時的に下げ止まりの動きも出始めたが、消費者物価指数、GDPデフレーターは依然、下落基調から脱していない。
N銀の言い分は物価下落にも、その要因によっては「良い」ものと「悪い」ものがあるのではないかという指摘だ。
二○○○年一月十七日の政策決定会合で、ある委員は、「技術革新や流通の効率化による物価下落圧力は、経済厚生にはプラスに作用するものであり、こうした要因から統計上のインフレ率がマイナスになったとしても、経済にプラスのモメンタムが働いているならば、『デフレ懸念がある』とは言えない」と「良い物価下落」を例示している。
同じく別の委員は、「需給バランスの悪化による『悪い物価下落』が生じるリスクはほぼ解消している」と指摘している。
Mは四月一十日の講演で、「良い物価下落」を称賛した。
卸売物価指数と消費者物価指数について、それぞれ足元、先行きの分析をしたところ、いずれも「悪い物価下落」はほとんどみられず、「良い物価下落」に集約されてきたと結論付けている。
一木は先にみたように九九年秋の段階では、Nらが提唱する量的緩和論に理解を示していたが、この時点では明らかに景気自律回復の手応えを元に、ゼロ金利解除派にシフトしたとみられた。
この「良い」「悪い」論は、一般にはわかりやすい。
ただ、現実は、どこまでが良い下落で、どこからが悪い下落かの線引きはできない。
「良い」も「悪い」も混在しているのが実態。
デフレ懸念払拭を測るために、N銀執行部が編み出したもう一つの「理論」がダム論。
この考え方を明瞭に説明したのが、解除直前の八月四日に副総裁のYが日本記者クラブで行った講演だ。
企業業績の回復に伴い、企業のマインドは確実に改善していた。
N銀による主要企業短期経済観測(短観)をみると、大企業製造業の業況判断(DI、「良い」と答えた企業から「悪い」と答えた企業割合の差、%ポイント)は、一時はマイナス五六を記録していたが、九九年十一月調査ではマイナス十七まで改善、一○○○年に入ってからも、マイナス八(一○○○年一月)、プラス一(同六月)、プラス十(同九月、十一月)、と右肩上がりで改善していた。
ただ、企業業績が回復し、「悪い物価下落」が見当たらなくなったとしても、家計所得や個人消費が上向くとは限らない。
特に、企業業績回復の要因が、リストラによる労働分配率の低下に支えられた資本収益率改善効果だとすると、一雇用者所得、つまり家計所得はその分圧迫され、個人消費はむしろ足を引っ張られることになる。
ているのか低迷しているのかで憶測する以外ない。
四半期の実質成長率(前期比、季節調整済み)は九九年十十一月期のマイナス一・三%から、一○○○年一三月期は一・○%へと上昇した。
確かに景気回復の実感はあった。
ただ、その後、四六月期○・八%、七九月期マイナス○・七%、十十一月期○・三%と低迷していく。
これを見ると、N銀が解除論議を仕掛けたころが、ちょうど需要回復のピークで、実際に解除した八月十一日をはさむ七九月期は、すでに陰りを帯びていたことがわかる。
単にダムの放流量を抑えて水をためるだけでは、事態は改善しない。
ダムに新たな水を引いてくる努力(需要拡大)や、ダムの水位は同じでも発電量を高める工夫(構造改革)などが、必要となる。
わかったようで、わからないダム論からは、何としてもゼロ金利解除につなげたいとのN銀執行部の気持ちだけが伝わってきた。
企業部門の立て直しが先決で、それがうまくいけばおのずと家計部門にも改善効果が及ぶとの論理だ。
理屈は何となく通っているように聞こえる。
確かにバブル崩壊以降、労働分配率が大きく上昇し、それが資本収益率を圧迫してきたのも事実だろう。
だが、企業収益の改善が労働分配率の引き下げ分にとどまる段階では、いつまで待っても、下流への放流量は増えないのも明白。
その段階でゼロ金利を解除すると、逆に企業の放流量は一段と抑えられる例えた言い回しだ。
Y日く、「企業収益の増加が明確になるならば、下流への実際の放流、すなわち家計所得の増加、ひいては消費の増加につながっていく可能性が高まるという関係に着目するわけです」「今回は、企業の資本収益率引き上げやバランスシートの改善という重い課題があり、これは時間がかかる困難なプロセスであることを考えると、ダムの放流が目立って増えるという風にはなり難い」「それでも家計所得がごく緩やかにでも回復するならば、投資先行型でマクロ経済成長の歯車が回ってとは言え、消費が上向くまで待つと、ゼロ金利解除の時期は遠い先になりかねない。
N銀のダム論は、そうしたジレンマを打開するために、企業所得と家計所得の関係をダムの水位と下流への放流の関係にいく可能性が高まる」ゼロ金利解除を巡る政策委内外の攻防は、思わぬトラブルも引き起こした。
理論派のUがスキャンダルの標的になったのだった。
Hが四月に、ゼロ金利解除の意向を外部にも鮮明にしたころ。
ある写真週刊誌が、UがN銀役員社宅に入居していたことを「豪邸に格安入居」とヤリ玉に上げた。
N銀社宅問題は九八年の不祥事事件でも焦点になった。
確かに、広大な敷地を持つ各地の支店長社宅などは時代錯誤でもあった。
Uが入居した社宅は、東京都目黒区青葉台の高級住宅街にあった。
報道は、「売買価格は六億円くらい。
賃貸なら(月)百万円でも借り手がつく」という地元不動産業者の発言を引用、実際の家賃が二十七万円であることから、「家賃百万円の豪邸に『N銀審議委員』が格安入居」との見出しが付いた。
追い打ちをかけるように、六月には別の週刊誌が、「N銀最高幹部が連夜の六本木クラブで『豪遊』」という記事を流した。
こちらは、Uの高級クラブ通いを取り上げ、「ゼロ金利政策にあえぐ年金生活者は何と聞くP函」と書いた。
よく読むと、三月から五月にかけてのUの行動が詳細にフォローされている。
つまりUは尾行されていた。
にわかに起きたUバッシングは何だったのか。
最初の社宅入居は、実はUが求めたわけではなく、転居先を探していることを知ったN銀が、気を利かせて用意したものだった。
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